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「KDP作家」「Kindle作家」って名称ダサくない?

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……とあたしは思ってたのね。ちらほらいるでしょ「KDP作家」「Kindle作家」を名乗ってる人。まあ怒らないで最後まで読んでちょうだい。

あたしは正直ダサいと思ってた。だってさ、セルフパブリッシング作品を発表するプラットフォームなんて他にもいろいろあるわけじゃない?楽天Kobo Writing Life、iBooks Store、Google PlayBCCKS、パブー……。 複数のプラットフォームで並行して作品を販売することだってできるわ。 クリエイターは、選んで貰う側じゃなくて選ぶ側なのよ? せっかくプラットフォームを選択する自由を持ってるのに、どうして特定のプラットフォームに従属するような名称を自ら名乗るの? 「奴隷の鎖自慢」なの? KindleやKDPを電子書籍の同義語みたいに思っちゃってるの? 視野狭すぎじゃない? みたいな違和感を、ずーっとあたしは感じてきたわけ。今まで口には出さなかったけどさ。Kindleストア日本上陸以前から電子書籍やってきた人からすれば、あり得ない感覚。なーんかジェネレーションギャップ感じちゃって、あたしは自分がおばあちゃんになっちゃったみたいな気分だったわよ。最近の人の考えることはわからんねえ、選択できる自由のありがたみを知らんのかねえ、みたいな?

でもね、ちょっと見方を変えてみると気づいたことがあったのよ。この人たちが「KDP作家」を名乗るのは、もしかしてSNS的な感覚の延長線上なんじゃないのかなって。ほら、あたしたちはときどきこんな会話をするわよね? 「Twitterやってる?」「Facebookやってる?」「つかLINEやってる?」 或いはそんなSNSのアカウントをプロフィールに書いたりもするわね。 これって誰かと繋がりたいっていう意思の表れなのよね。もっと創作よりのSNSなら、小説家になろう、Pixiv、エブリスタ。これも違和感はないわ。そんな感覚の延長線上に「KDPやってます」って名乗りがあるんじゃないかしら。つまり「KDP作家」っていうのは、きっと同じジャンルの仲間を識別するためのラベルみたいなものなのよ。

これと似たような問題として、VOCALOIDやボカロを挙げることができるわね。

どちらもヤマハ株式会社の歌声合成技術に関する登録商標だったんけど、いつの間にか歌声合成技術全般やその周辺で生まれたカルチャーを差す言葉として定着しちゃった。KDPもセルフパブリッシングのカルチャー全般を示す言葉として定着しちゃったりするのかな? あたしは嫌なんだけど、そう呼びたくなる感覚は理解できた気がするし、実際にそうなっちゃう可能性は否定できないわ。

でもね、そこには「捻じれ」があるの。KDPにはSNSみたいな機能はないし、Kindleストアはむしろそういうソーシャルな繋がりと正反対の場所なのよ。だって知り合い同士が商品のレビューを投稿することを禁じているじゃない。あそこは販売の場であってSNSではないわ。お客さんの前にあらゆる商品を平等に並べるって教義を感じるのよね。身近な人たちが盛り上げて、本が読まれるコンテキストを作り上げるようなことは、教義に反するの。だからもしあなたが仲間を見つけるために「KDP作家」を名乗っているのなら、あたしはKDPとは別にどこか創作に関わるSNSに属することをおすすめするわ。

創作SNSとセルフパブリッシングプラットフォーム、この両者をうまく融合することはできるのかしら。あたしが最近考えてるのはそんなこと。


追記: 2014/04/07

電書ちゃん

この記事についてはいろいろ賛否両論が聞けてとっても勉強になったわ。謙遜の意識で「KDP作家」を名乗ってる人もいるみたいだし、KDPに愛着や帰属意識を持ってる人なら「KDP作家」を名乗るのも自然なことなのかも。それはそれで尊重するべきね。

コミュニティの話がこの記事の主題だったんだけど、ダサい/ダサくないに話が向かいがちだったのは残念。それは注目を集めようとしてあたしがつけた攻撃的な見出しのせい。結果としていつもより多くの人に読んでもらえたし読者さんも少し増えたけど素直に喜べない気持ち。誰かにネガティブなレッテルを貼るような言い方はするべきじゃなかったわ。

ごめんなさい。あたし悪い子だったね。

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